移民とその暮らし 3
植民地での女性家事労働者の価値が高かったのは、金の発見により、もともと不均衡であった男女の比率がさらにかたよっていったことに一因があります。
ビクトリアでは、1861年までに、女性の男性に対する比率が70%にまで上昇していました。
しかし、21才から45才までの女性に限って比較するとこの比率は55%にとどまり、しかも20才以上の男性は、その半数以上が独身であったにもかかわらず、独身女性の比率はわずかに15%でした。
1861年に行なわれたビクトリアの人口調査によると、人口の70%以上は海外生まれの人々で占められていました。
植民地の人間100人を選び出すと、次の様な内訳となります。
オーストラリア生まれ 29人
イングランド及びウェールズ生まれ 33人
アイルランド生まれ 16人
スコットランド生まれ 11人
その他 9人
出生地が大英帝国以外の人々は、ドイツ人が10、000人、その他のヨーロッパ人が8、000人アメリカ人が2、500人という配分になっていました。
しかし、一部の者は永住していたわけではなく、一時的に居住したのみにとどまっています。